オリオンの砲撃手
-orion's
gunner-
第二章 NOBLESS OBLIGE
ノーブリス・オブリージュ
-4-
すでに彼らは揚陸を始めようとしていた。
台湾側は完全に「虚」を突かれた形となった。
何より軍事演習のための仮想敵艦の輸送中だと勘違いしたのが大きい。
偶然に偶然が重なり、結果的にまったくの無血開城の形で揚陸が始まって
しまい、無人の砂浜に部隊が展開しようとしていたのだ。
「一体何がどうなったらこうなるんだよ!」
駆けつけた劉たちは目の前の光景に衝撃を受けざるを得なかったが、ようやく
展開し始めている軍にともかくまずは合流することにするしかなかった。
「いったいこれはどういうことなんです!?」
息せき切って駆け込んだ司令部で、劉は食って掛かるようにその場にいた
士官に問い詰めた。
「それは我々も同じだ。アメリカがリアルな仮想揚陸艦を用意すると聞いてたら
本物の中国軍になるってどんな魔法だ!」
かなり不機嫌な表情で怒鳴り返す士官。
「まぁ怒鳴りあっていてもしょうがない。とにかく現状どうするかだ」
「足止め、だな」
ジェームスに向かって朴がつぶやいた。
「正直なところ、揚陸されてしまってからではどうにもならん。まずは
何をおいても揚陸阻止だろ。水際で叩くしかない」
「しかし…ん?」
石原がふと東の方をみると、そこには信じられない光景が展開されていた。
あまりのことに石原はつい叫びながら振り返った。
「洪水だ!洪水が起きてる!どうなってるんだ!」
「あぁ、起爆装置が上手く作動したな」
「起爆装置?」
石原とジェームスが怪訝そうな顔をする。
「そうか、お前らの国は交戦中じゃないからあんまりなじみはないだろうな」
朴は平然としている。
「どういうことだよ?」
まるで宇宙人でも見るかのような顔をするジェームス。
「侵攻にあったときの備えのひとつだろう。似たような仕掛けは俺たちの国
にもある。今回のは水際で混乱させるための仕掛けだろうな」
「すげぇな」
呆れたような顔をする石原。
「スイスなんかもっとすごいらしいぜ。ともかく、足止めはできそうってわけか」
「いや」
劉がかなり暗い表情を見せる。
「どうしたんだよ。起爆装置作動してるんだろ?」
「起爆装置は複数の川に用意されてるんだが、西側の川の方が上手く動作してない」
「マジかよ!?どうすんだよ!」
揚陸体制は一時的に混乱していたが、それももう回復しつつあるという状況に
台湾軍や石原たちは焦りを感じ始めていた。
「なんか手は無いのか手は!」
「…爆破させれれば問題ないのでは?」
「それが出来ないから問題なんだよ!」
一同、方針を決めかねていたがそう時間があるわけでもない。
「なぁ」
「なんだよこんなときに」
朴が一言突拍子もない事をつぶやいた。
「砲撃して爆破させられないか?」
「無茶言うな!」
あまりに荒唐無稽な発言に劉は苛立ちを隠せない。
「大体ここから起爆装置まで15kmあるんだぞ!射程はともかく、そんな精度で
砲撃できる奴がどこに」
「いるんだよここに」
朴が石原を指差す。
「はぁっ?」
あまりのことに石原をふくめ皆朴に向きなおる。
「俺は前に見たんだ。自衛隊の訓練で、石原が155mm砲の砲身に訓練弾を
狙い済ましたように直撃させたのを。あれもそんな距離だったぞ」
「なんじゃそりゃ!?」
「みたことがない奴は信じられないだろうなぁ。でも事実だから、な」
「…偶然だ偶然」
石原は内心焦っていた。おいおいこんなときになんてことを言うんだよと。
「あの精度があれば十分に直撃、起爆できるだろうと思うのだが…」
「本当ならやってみても良さそうだな」
「ええぇぇ?」
石原は自分が蚊帳の外にいるようにさえ思えてきた。
「よっしゃ善は急げだ。とりあえず榴弾砲1門借りるぜ」
まるで小銭かなんか借りるようなノリで朴。石原を除いたみんな、やる気だ。
「ちょっと待てぃ!」
とうとう石原我慢できず大声を上げる。
「そんなこと言ってる場合かよ」
「…大体俺自衛隊員だぞ。勝手に他所の国の兵器使っていいのか?」
「ちょ…おま…」
さすがにこの発言には劉も若干呆れるしかない。
しかし朴、何かを小声で石原の耳元でつぶやいた。次の瞬間、
「わかった。失敗したら悪いがやれるだけやってみる」
急に石原がやる気になったのには一同びっくりするしかない。
「OK、やる気になったのならとっととやろうぜ!」
ジェームスのその言葉に、多国籍部隊は155mm榴弾砲にむけて駆け出して
ゆく。これから起こる、さらにありえない事態など彼らは知る由も無い。
「なぁ朴」
「ん?」
「石原になんていったんだよ」
「『ここは台湾だ、謝罪も賠償も要求されないから思いっきりやれ』って」
「…前から酷い奴だと思ってたが、おまえ本当に酷いな」
ものすごい勢いで走ってゆく石原の後ろで、冗談を飛ばしながら3人は
砲撃の準備に向かうのだった。
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松島は呆れたような表情をするしかなかった。一体何なんだそれと。
「そんなの聞いたこと無いぞ」
「それはそうでしょう…だって『どこの国も』なかったことにしたかったんだから」
「それにしても隠し通すなんて無理だろう」
「死者やけが人が出てたら無理だったでしょうけど…軍事演習ということで
無理やり片付けられたようです。日本なんか特に」
「世の中には俺の知らないことがあるんだなぁ…」
拘置所の一室、聴取をするという名目で松島は石原を呼んで気になってた昨日の
話を聞きだしていたのだが、石原の話に軽くめまいがした。
海の向こうで戦争が始まりそうだったけど始まらなかったこと。
誰も死ななかった戦争、そんなものがあるということ。
何より、その「戦争」がなかったことになっていたこと。
「続きも気になるが、そろそろ仕事に戻らんとな、あ、そうそう」
松島はどうでも良さそうな感じでとってつけたように告げる。
「あんたの上司の人、しばらくこれないって言ってたぞ」
「えぇぇ?って何さらっとえらいことを…まぁ自業自得ですが」
「そんなわけでまた続き聞かせてよ」
「…わかりました。そのかわり誰にも言わないでくださいよ」
「いっても信じないだろ、多分」
そういうと松島は外に出て行った。
隕石発見から2日後、相変わらず石原はオリの中だったが、あまりにオリの
中の人が多すぎて、石原は取調室に押し込められることとなってしまった。
相変わらず武宮は来ないようだ。まったく何をやっているのか謎だ。
実際迷惑かけているのはこっちではあるのだが、とはいうものの来る来ると
いいつつ来ないってのには釈然としないものを感じる石原ではある。
この分だと昔話は最後まで出来そうだ。…暇つぶしにはなるが。
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一方その武宮はとある会議室にいた。
「何ですかこの書類?」
「これか?」
武宮に対して、初老の、しかし精悍な顔をした男が示したのはご丁寧に赤字で
「極秘」とかかれた一冊の書類だった。
「…武宮」
「なんでしょうか?」
男は眉をひそめて、小声で言う。
「これは『最後の手段』だ」
「最後の手段?」
「最後の手段を用意するための方法だな」
「一体何なんですかそれ?」
「まぁこんなもの必要にならないに越したことはない、そん時は燃やしてくれ」
「はぁ」
中をぺらぺらとめくる。
「す…水爆?」
思わず大声を出しそうになるが、何とか小声に抑える。
「なんかどう見ても安っぽい3流SFにしか思えませんなぁ…」
「フランスが成功したら、こんなもんあっても仕方ないからな。そんときは
焼き芋にでも使ってくれ」
「それにしても…キャンプデービッド?アメさんも当然絡んでるのか…」
昨日、幕僚の大御所である北島に「使える駒の準備をしろ」とわけのわからない
電話を受け、それで呼び出されてみるとこれである。
TVですでに国連安保理が動き、フランスの核使用の許可をおろそうと
しているという決議案が採択されたというニュースは聞いた。
日本のマスコミは決議に賛成した小松にこぞって猛抗議をしていた。
まったく、何をかいわんやである…
使えるものは何でも使うべきではないかと武宮は思うのだが、マスコミに
とって日本が放射性物質に関わることにはすべて反対らしい。
何の宗教だ。
「こんな決議に賛成する外務次官を皆さんどう思いますか」
だとかいっている。呆れてものが言えない。だったら死ねといいたいのだろうか?
「マスコミの連中は隕石落ちても生き残りそうだな」
思わず本音が口に出る。
「武宮」
「え、あ、はい」
「壁に耳ありだぞ。どこで聞かれてるかわからんからな」
「マスコミも外国も俺たちには厳しいですからねぇ」
「外国が厳しいのは仕方ないが、マスコミがってのが一番問題だな」
「…その対策もあるってわけですか…」
薄暗い部屋の中で(視力落ちそうだと武宮は思う)黙々と読みすすめていく
うちに、武宮は妙なことに気がついた。
「…こんなのつくる金どうするんですか一体?」
「そうだな」
北島はどこかでみたような格好で指を組んでこういった。
「老人ホームにお年寄りを入れて作ろうと思ってる」
「?」
前を見るようにして北島は口元を指で隠してつぶやく。
「あの老人たちには退場してもらおう」
「…相変わらず好きですね、北島さん」
自衛隊の中の一部がその筋の人であるのは一部の人の間ではやや有名である。
北島、武宮、石原…彼らもまたその筋の人であった。
そしてそれは自衛隊に限らない。ある意味。
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「おひさしぶりですな」
「あぁ」
首相官邸の一室、二人の男が談笑をしている。
「小松君は大変だったな」
「まったくですな。普通に考えて賛成するしかないでしょうに」
「中国ですら棄権したのに、なんで反対にまで行くんだろうな」
「ほとんど宗教ですなありゃ、ところで」
総理の座に着いた男と元総理はわりに軽いのりで話していたのだが元総理が
持ってきたMP3プレイヤーを見た瞬間、総理の目の色が変わった。
「ワグナーだよ」
「ほう」
「君にも良かったら聞かせてあげようと思ってね」
「それはそれは」
両方とも目が笑っていない。
「息子がいろいろやってくれて助かったよ。忙しいのに悪いなと思うんだが…」
「ちょっとしたことだったら自分で出来るのが一番ですがね」
元総理が鉛筆でメモ用紙に「G」とだけ書いた。
「キャンプのときになかなか役に立ってたよこれは、前大統領にも聞かせたよ」
「…それはそれは」
「おかげでドイツの首脳と話がスムーズにいったって喜んでたよ」
夕焼けが外から差し込んでくる。元総理は総理の方を見ず、独り言のように
他人に聞こえないように何かをつぶやく。
「わかりました。また聞いときますよ」
「じゃ」
それだけいうといつもの表情で元総理は帰っていった。
「老人たちに退場してもらう、っていっても俺らも老人なんだよな…か」
もう政治の表舞台からすらさっさと引退して趣味三昧の元総理が、若干
うらやましかった。俺も例の趣味を思う存分楽しめるのだが…とは思う。
総理はMP3プレイヤーの中の「それ」をみるのが怖かった。
まだ成功、失敗が決まってない時点でこんなにことが運んでいるのは異常だ
としか総理には思えない。それでも、用意だけはしておかねばならない。
「フォルダの底に希望ぐらいは残ってんだろうな」
夕闇の迫る執務室で、総理はプレイヤーを手に取った。
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